「・・被害者の氏名はジャンナ・アダモフカヤ。聖エレオノーラ女学院3年の19歳です。」
「彼女もヴァイグゼと同じケースか?」
「はい。3ヶ月前にご両親から捜索願が出されています。」
ロベルト・バルバショフ警部は天を仰いだ。まさか自分の街でこんな猟奇殺人が起きるとは・・・。共和国有数の『防犯都市』として表彰も受けていたこの街で。
「ご両親への連絡は。」
「先ほど。」
「・・忙しくなるぞ」
運転手が車を止めた屋敷の前には既に人だかりができていた。忌々しいマスコミの報道車が路肩を占拠している。
何があったのか周囲に尋ねる者、携帯電話で写真を撮る者、マスコミのカメラにピースサインを向ける者。・・何も知らない市民はまるでお祭り騒ぎだ。
「警部、こちらです」
玄関から刑事が呼ぶ。荘厳な趣のある家だ。社会主義政権時代にこのような大邸宅は許されなかったはずだが・・・。
「死因は?」
「薬物による急性中毒。鑑識によるとヴァイクゼで発見された物と合致したとの事。」
「外傷はあるか」
「死後に付けられたと見られるモノが多数。酷いもんです」
小さな寝室に入ると、警部は思わず目を覆った。
明かりの落とされた部屋の壁に、もたれ掛かる様にして斃れる若い少女。壁には彼女の血で何かの紋章が描かれている。一糸纏わぬ肌に幾筋も刻まれた傷に、警部は背筋が寒くなるのを感じた。
ヴァイクセと同じ人間の犯行では無い事は明らかだ。彼女は犯されながら殺されている。
「なにか手がかりは見つかったか」
刑事の一人が肩をすくめる。これだけの事をしておいて手がかり無しだと・・・?
「精液反応は?」
「・・わかりません」
鑑識官が遺体をよく見るよう促す。
――少女の遺体には、通常あるべき物が存在しなかった。
「強姦、殺人、死体損壊。捕まれば死刑は確実でしょうよ」
部下の一人が吐き捨てるように呟く。
(不可解な行方不明者の多発、連続して発生した猟奇殺人、壁に描かれた血の紋章、そして2つの遺体から検出された同じ薬物・・一体この国に何が起きている・・・?)
警部は凍りつきかけた思考の中で事件の理解に努め、そして今自分に導き出せる最善の判断を下した。
「RCIに捜査協力を要請するよう本部に連絡しろ。・・それと、この子をできるだけ綺麗にしてから両親に会わせてやれ」
「・・了解」
無力感が老いた刑事を襲う。
(私は、自分の街も自分で守れないのか・・・)
噛み切られた皺の深い口元を、警部の血が静かに流れていった。
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