2009年11月5日木曜日

狂気の宴

リューシャ・ワシーリエビッチの許に一人の少女が現れたのは数ヶ月前であった。

恭しく話す金髪の少女――彼女――はまるで物語の世界から抜け出した乙女のよう。しかし、彼女の口から紡がれる言葉は狂気に溢れ、また欲情を誘う甘美な物であった。

――貴方が望むならば、誰にも悟られる事無く可憐な花々を摘み取って参りましょう。

初めは何の冗談かと思ったが、話しているうちにそうでない事を悟った。彼女は全てを知っていた。リューシャの決して明かす事の出来ない秘め事を。そしてそれがいよいよ生きがいになりつつある事を。


ヴァリニールでも指折りの資産家の妻であり、女性慈善団体の代表を務めていた彼女は公私共に成功しているように見えた。

しかし、私生活は悲惨なものだった。夫の浮気。子供も無く一人で夫の帰りを待つ孤独。

彼女は不満の捌け口を庭師に向ける。それからは堰を切るように彼女の肉欲は暴走を続け、幼い戦災孤児、女中、匿名で集めた異常性癖者、彼女に群がる「か弱き者」をすべて貪った。

しかし、彼女の心の渇きは癒されなかった。彼等の苦悶の声、表情は彼女の獣性を満たす事は無く、寧ろそれを高めていく。

――処女の血は人間の若さを保つ

彼女はついに人を殺めた。若い少女の手首に立てられるナイフ。皮を裂き肉を断つ感覚に身を震わせる。迸る鮮血に視界は赤く染まる。

音も無く斃れる少女。傷口を貪り渇きを潤す。明確な高揚感。彼女は以後鮮血を欲して止まなくなった。


指定された廃工場には彼女と数人の少女。目深にベールを被り表情までは伺い知る事はできないが、どれも整った顔立ちの美少女だ。

「・・それで?貴方は私の何が欲しいの?」

「僅かな手取り金さえあれば。」高揚も無く話す少女。真紅の目に光は無く、その透き通った肌は触れば崩れそうだ。リューシャは湧き上がる劣情を抑え問答を続ける。

「正直に仰いなさいな。はした金で請け負う事でもないでしょ?」

その言葉に彼女は身を震わせる。リューシャには推し量れない衝動が彼女の中を駆け巡っているのだろう。

彼女はこう言い放った。

「狂気の限りを。人々が貴方の影に絶望し、戦慄する程の惨劇を。」

彼女の合図で運び込まれる少女。薬物でも投与されたのか、目は既に焦点を失っている。

「貴方が悦ばれる事こそが私の本意でございますわ。どうぞ、ごゆるりと。」

煽情的な言葉が脳を焼く。彼女は何か呟いているようだが、もはや鮮血への渇望は五感を支配していた。

リューシャは獣性に意識を沈めていく中、彼女の目にはっきりと、黒い光が燈るのを見た。

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