2009年9月13日日曜日

妄想(1)

◆中央平原 10月9日 10:20 p.m

『目標ハイダルまでおよそ・・・km。作戦中の・・・隊は主要幹線道路沿いの敵・・・を撃滅しつつ・・・』
耳障りなノイズが走り、声は消える。この戦車に搭載されたヤード製の仰々しい無線機はすぐに癇癪を起こす。
「くそっ、このポンコツが!」
短気な無線手が悪態を付きつつ、頑として言う事を聞かない無線機をボンボン叩く。道具は使い手に似るというが、この男を見ているとそういう事もあるのだろうという気分にさせられる。
普段は何時もの事と笑うクルー達も、今日ばかりは無線手と同じ事を心の隅で思っていた。
5年前に始まったこの戦争の緒戦で、自由政府は国土の4割を喪失していた。
赤軍の圧倒的な波状攻撃。徹底的に粉砕され、首都レニエフを失い、リルバーン帝国兵と共に方々を逃げ回った我々が、レムストポリという小さな街での戦闘を契機に優勢に転じた。
われ等が第1コサック軍司令官の名を冠した大攻勢。反共諸国からかき集められた装備・補給物資、自由政府の有する兵力の4割を投入するこの戦いが、勝利で終わるにしろ、惨めな敗北で終わるにしろ、多大な流血を伴うのは高校も出てないウチの装填手でも理解できた。悪運だけは強い3人だが、無線機の故障も不吉に感じるのは致し方ないだろう。

10日の進撃が可能な量の燃料、弾薬。そして多くの随伴歩兵を乗せた『ポードヴィク』DST-11戦車の一団は収穫期をとっくに過ぎた麦畑の中をノロノロと行進する。
ディルタニア有数の穀倉地帯として名高く、例年豊かな恵みをこの貧国に与えてきたこの平地は、無限軌道、砲爆撃で黒土を地表にさらけ出していた。無限軌道が黒ずみ始めた麦を飲み込むのを見るうち、父が廃棄麦を処理する姿を思い出した。革命国民学校の生徒だった時よく見た空は、友軍の見境の無い準備砲撃、近接航空支援で黒煙が立ち込めている。

明らかな加重にDST-11の1050馬力ガスタービンエンジンが低く唸る。この鈍重な猛獣は人に跨がれるのが酷く嫌いらしい。
「レーリオ2より車上の随伴歩兵。北北東の状況を説明されたし。」
車長が車外の「積載物」との会話を試みる。が、ジリジリとノイズが流れるのみ。
やむを得ず車長がハッチに手を伸ばした時、悲鳴のような独特の甲高い轟音が聞こえる。
咄嗟に体をかがめるのと同時、車体の上面に何かが激しく叩きつけられた。トマトを潰したような不快な肉感を持つ音が車内に響き渡る。猛烈な砲爆撃を辛うじて逃れた自走式多弾頭ロケット発射機の一斉射だ。
―助かった。対人弾頭だった。
自分の四肢が繋がれあっている事を確認し、思わず安堵する。
「随伴歩兵、敵のロケット砲撃を確認。被害状況を報告せよ。」
受話器はノイズ音を響かせるだけであった。・・この無線機が癇癪を起こしていないとしても、答えは返ってこないだろう。
車体が積載から開放され、急激な加速。まるで足枷でも外されたかのように、ガスタービンエンジンが
40数tの質量を軽々と動かす。
車外の様子は考えたくも無かった。鉄の暴風雨の後降り始めた雨が、血も、臭いも流し去ってくれる事を心から願った。

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