◆レニエフ市 エンダーバンヴィッチ革命記念駅前 10月28日 11:40 p.m
瓦礫と化した首都レニエフ、その中心部を占拠するように建つエンダーバンヴィッチ革命記念駅。このヴァリニール共産主義の遺跡を攻め落とすべく、第12歩兵師団長、フェーリクス・グレシネヴィコフは即席の司令所で部下達の報告に耳を傾けていた。
「第2連隊は予定通り労働者団地を制圧し、第3連隊もトラクター工場付近で南部の第11騎兵師団と連絡。これで敵の残存拠点は市役所、物資供配センター、保安管理署、そしてエンダーバンヴィッチ革命記念駅の4つとなりました。」
大変結構。―丁寧に蓄えられた筆髭を神経質に整えつつ、言葉少なに答える。
労働者団地は戦意に乏しいアムリヤスク兵が半ば自棄になって立て篭もっただけにすぎず、トラクター工場にも第11師団のDST-11に立ち向かえる程の戦力は初めから存在しなかった。勝利して当たり前の戦闘に対して一々反応を起こす程この師団は若くなかった。
「・・して、戦車隊の増援はいつこちらに来る?」
第12師団第1連隊所属全兵士の最大の関心はそこにあった。ヴァリニール最大規模の列車駅として知られていたこの駅一帯は、ヤード兵によって幾多の火点が形成され、また駅内部から発射される迫撃砲の照準が定められていた。ジリジリと包囲環は狭められているが、敵の抵抗は弱まるどころか激化していく。6度の負傷を経験したこの勇敢な指揮官は不本意ながら司令部に戦車の支援を要請したのだ。
・・それが3日前の事。司令部からの返事は良くないものばかり。連中はこの駅を落とすつもりが無いのだろうか。
「大通りの対戦車地雷を処理しきるまでこちらには移動できないと言っております」
予想通りの答え。明日も要塞化された建物を支援無しに1つずつ潰す事になると思うと、さすがに気が滅入る。
「第2大隊では負傷者が4割を超えているらしい。装甲戦力の支援無しにこれ以上の攻撃は無理だ。」
「せめて装甲車でもあれば・・・」
狙撃を懸念して電気が落とされた事務所の一角は血の気の引いた静寂に包まれた。―明日は幾ら死ぬか―既に兵士達の意識は麻痺を始めている。
ふと外を見ると、先ほどまで止んでいた雪がまた降り始めていた。
ヴァリニールの冬は長い。幼い頃、降り積もる雪への恨めしさを綴った童歌をよく歌ったものだ。
月明かりで廃墟と化した街は青白く輝いていた。砲煙で黒ずむ瓦礫の山は、まるでセイルナシアの古代遺跡を絵画にしたかの如く幻想的に見える。 窓際に出て外を見渡したくなる衝動をぐっと抑える。ヤード軍の狙撃兵も照準眼鏡越しに雪見をしている事だろう。
「師団長、発言の許可を願います」
おおよそ兵士には似つかわしくない高い声が静寂を破る。声の主は大学を出たての若い少尉だった。
二流大学で工学を学び、建築技師として党の歯車になる運命を歩みつつあった彼は、レムストポリ革命の後、自由と祖国愛に燃え自由共和国軍に参加したらしい。フレームの曲がった眼鏡と白樺のように痩せ細った体は精鋭師団の兵士としては頼りない。
「発言を許可する。どうした少尉」
「はっ・・ただ今この事務所を捜索したところ、ここ一帯の下水道の配管図を入手しました。レニエフ市の下水道は緊急時の避難経路として設計されており、人が十分に通れる広さが確保されています。これを使えば駅の真下にまで接近できるかと。」
「花の12師団がクソの通り道を進むってか?ご免だな」
「機関銃を避けて通れるならばクソまみれでもかまわん。少尉、地図を見せたまえ。」
携行ライトを持ち寄り注意深く地図を照らす。日付は20年前。黄色く日焼けをした紙は所々インクが薄れている。
「このマンホールから進入し、駅に向けて北へ直進・・・。この連結点で右折し、ここで地上へ上がれば車庫に潜り込めるはずです」
「敵の罠ではないのか。爆薬が仕掛けられてでもしたら・・・」
「構造上その心配は無いはずです。この下水網は駅の下を密に走っているため、爆破でもさせたらそれこそ駅が地下に呑まれるでしょうね」
沈黙する幹部達。どうやら作戦は決ったようだ。
「よし・・、少尉の案を使おう。第1中隊を第一陣に突入。車庫を制圧し、駅内部の敵を殲滅する。西部の第3大隊もこれに呼応し駅前広場を制圧。浮き足立った東部の敵は第2大隊が殲滅。これでフィニッシュだ。・・ライドン隊は地上に残り陽動攻撃。適当に撃ち合って敵の注意を地上に集めろ。」
言うもなく準備を始める兵達。我が部下ながら、ヴァリニール最高の兵士達と考えている。
敵の罠かもしれない。しかし、彼には失敗と死のイメージは無かった。